おもしろ歯学


岡崎好秀

岡山大学医学部・歯学部附属病院 小児歯科




 今年の干支は,”鳥”。
そこで鳥の話題を一つ。
大空を自由に翔(かけ)めぐる鳥を見て,憧れを感じない人はいないだろう。
さて鳥は,は虫類や恐竜から進化したとされている。
早く走る足を備えた恐竜が,空中を飛ぶ昆虫を追いかける間に,手が翼に変化したという説。
高い木から地上に舞い降りるためのパラシュート(皮膜)が,翼に変化したという説もある。
どちらの説が正しいか,現在のところわかっていない。
いずれにせよ鳥は,翼を得て大空を支配した。
一方,空を飛ぶために失ったものもある。体が軽くなければ飛ぶことはできない。
たとえば,骨。
含気骨(がんきこつ)と呼ばれる骨は,中が空気で充たされているので驚くほど軽い。
グンカンドリの場合,体重が二キログラム,翼を広げると二メ―トルにもおよぶ大きな鳥であるが,
骨の重量はわずか百グラムしかない。

▲鳥の骨は,小さなサルの頭の骨より軽い

 失ったものには,もう一つある。
それは歯だ。
鳥の祖先である始祖鳥や翼竜(よくりゅう)の化石には歯が存在する。
より遠くまで飛ぶために歯は不用である。
代わりに鳥は,内臓に砂嚢(さのう)を持ち,砂を利用して食物を砕く。
焼き鳥屋用語では,砂肝(すなぎも)・砂ズリと呼ばれる部分である。

始祖鳥の化石には,歯が存在する。
	




また鳥は,獲物を捕らえるために“くちびる”を“クチバシ”に進化させ,
      獲物を捕らえる道具として形を分化させた。
例えばキツツキは,クチバシで木に穴をあけ中の昆虫を食べる。
ミヤコドリは,クチバシを差し込み貝のフタをこじ開ける。
カラスもクチバシの太さによって分けられ,獲物も異なる。
大都会に住み,ゴミをあさるカラスはハシブトカラス,名前の通りクチバシが太い。
太いクチバシで,ゴミ袋を引き裂いて残飯をあさる。
一方,スマートなクチバシを持つハシボソカラスは,森に住みネズミや昆虫を丸飲みする。
そう言えば,この両者鳴き声で見分けることもできる。
ハシブトラスは,歌の音階で言えばテノールで“カアー カアー”と鳴く。
ハシボソカラスは,“グアー グアー”とバスの音階で鳴く。
“天は二物を与えず”とはよく言ったものだ。
このようにクチバシは,鳥が生きていく上で重要な器官である。

ハシブトカラスとハシボソカラス
	


ところが飼育している鳥は,クチバシを失うことがある。
飛ぶとき,あやまって檻にクチバシが当たり折れてしまうのだ。
鳥にとっては命にかかわる大問題である。
面白い話がある。
ある動物園でコウノトリがクチバシを折ってしまった。
エサである魚を獲ることができないばかりでなく,
クチバシを閉じなければ飲み込むこともできない。
このままでは,鳥の命が危うい。

クチバシが折れたコウノトリ
このままでは生命の危機が・・・


飼育係は,サカナを手で喉の奥に入れ,
やっとのことで飲み込ませたという。
しかし,この鳥のために,毎回飼育係の手を煩わせることはできない。
どうすれば,鳥が自力で食べられるようになるのだろう?
そうだ!人工のクチバシを作ってやればよい。
獣医達は,歯科用の印象材(いんしょうざい)で,
鳥のクチバシの型を採った。
しかし,鳥のクチバシは非常に軽い。
重い材料では鳥も嫌がるだろうし,口を閉じることができない。
試行錯誤の結果,歯科材料を駆使し,
ついに軽量プラスチックのクチバシを完成させた。
クチバシは,鳥の鼻の穴を利用して固定した。
おかげでこの鳥,エサを食べることができるようになり,
現在も元気に生活を送っている。


コウノトリは再びクチバシを得て,
平穏な生活を取り戻すことができた。