おもしろ歯学


岡崎好秀

岡山大学歯学部 小児歯科




 "左ヒラメに右カレイ"とは,ヒラメとカレイの見分け方であることは有名だ。
 両者ともカレイ目に属し,腹を手前に置いて左に顔があるのがヒラメ,右にあるのがカレイである。
 ところがカレイの仲間でも,左に顔があるものもいるから話しはややこしい。
 ヌマガレイがそうだ。
 さらに面白いことにこのカレイ,アメリカ西海岸では左に顔のあるものが50%,ところがアラスカ沖では70%,それが日本では100%となるのである。
 "左ヒラメ"に"右カレイ"は,万国共通ではないのだ。
▲「左ヒラメに右カレイ」
は、世界的には通用しな
い(上がヒラメ、下がカ
レイ)。▼
 それではヒラメとカレイを見分けるには,どうすればよいか?
 実は,両者の顔を見ればわかるのだ。
 ヒラメは,口が裂け怖い顔をしている。一方,カレイはおちょぼ口でやさしい顔である。
 もう一つの大きな違い。それは歯である。
 ヒラメの歯は大きく尖っている。しかしカレイの歯は小さい。
 これらの差は,両者のエサの違いに起因している。
 ヒラメは,イワシやアジを食べる。そのためには大きくて強い歯が必要だ。
 また肉食だからどう猛な顔になる。
 それに対してカレイは,イワムシやゴカイを食べている。だから歯も小さくてすむ。
 それぞれの食べ物の差が,歯の違いであり顔の違いとなって現れる。
 ちなみに,ヒラメのことを瀬戸内沿岸では"おおくち"と呼び,東北日本海沿岸ではカレイを"くちぼそ"と呼ぶ。

▼ヒラメは肉食
のためどう猛な
顔をし、口も裂
けている。
▲カレイは、虫を
食べるためおちょ
ぼ口である。


 さてヒラメは,白身の高級魚として鯛と並び称され,刺身やお寿司のネタとなっている。
 しかし江戸時代には,カレイの方が美味で高級魚とされていた。
 それでは何故,現在はヒラメのほうが高級魚なのだろう?
 その秘密も顔の向きにある。
 日本料理の基本。それは料理を出すとき,頭を左に向ける。これが高級魚とされている理由の一つだ。
 そこでカレイを出すときには,「のし」を付けたり,裏返しにして目の位置に赤いナンテンの実を添えて無礼をわびる。

 サカナにまつわる歯の話は,まだまだ多い。
 釣りの時"引きの強いサカナほど口元がおいしい。"と言われる。
 たとえばイシダイ。サザエの殻でも音を立てて噛み砕く。
 これは歯が丈夫なだけではなく,咬む筋肉も発達しているためである。
 よく使う筋肉は,引き締まっているから美味しい。
 また夏の京料理の代表"ハモ"。これもずばり"歯"から来ている。
 ハモも歯が鋭く,頭を切り落としても,咬みついてくるからだ。
 逆に歯が弱いことから名づけられたサカナもある。
 サバは"小(サ)さい歯"から来ている。
 それにイワシは弱い魚(鰯)と書く。イワシは,口が弱いから当たりがあったらゆっくりリールを巻かないと顎が外れてしまう。
 こんな話し,鮨屋でしてみてはいかがだろう。

▲▼食性の違いにより
ヒラメ(上)の歯は大
きく尖り、カレイ(下)
の歯は小さい。ヒラメと
カレイは、歯からも見分
けることができるのだ。




写真提供:石黒幸司先生